雑食オタクの雑記帳

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【ホレンテ島の魔法使い】魔法のような夢か、夢のような魔法か【1巻 感想】

春の面影はすっかり消え、初夏の気配が表れてきたこの頃だが、いかがお過ごしだろうか。緊急事態宣言下で大変なご時世だが、今日も好きな作品について語っていこうと思う。今回は数ヶ月前に一巻が発売された『ホレンテ島の魔法使い』の話をさせていただく。

 

※この記事は『ホレンテ島の魔法使い』1巻のネタバレを含みます

 

 

はじめに

『ホレンテ島の魔法使い』の概要

 大昔いたという魔法使いの伝説を観光資源にしているホレンテ島。この島の魔法は全て作り物…のはずが、不思議な能力を使える人達が現れ…? 果たしてこの島の魔法は夢か現かー…? 謎解き伝承ファンタジー、待望の第1巻!

出典:ホレンテ島の魔法使い│漫画の殿堂・芳文社

 大まかな概要は芳文社の作品紹介ページにある通りだ。

もう少し詳しく書くと、「魔法使いを探しにホレンテ島へ旅行しにきた主人公貰鳥あむ(もらとりあむ)が夜空を飛ぶ魔法使いの影を目撃したことをキッカケに、その魔法使いを見つけるためホレンテ島に移住してくる」というのが本作のあらすじである。人物紹介は後述するが、主に主人公の「あむ」と同級生の「かるて」「詠」が魔法使い、ひいては魔法にまつわるホレンテ島の秘密を探っていくのが、物語の本筋となる。

タイトルにもなっている舞台「ホレンテ島」も設定がなかなか凝っており、この作品の魅力の一つになっているので、そちらもこれから紹介していく。

ホレンテ島の住人たち

それでは早速、登場人物について紹介していこう。この作品のメインキャラは五人の女の子で構成されている。

一人目は主人公である貰鳥あむ(もらとりあむ)。由来は文字通り「モラトリアム」に因んでおり、他の四人も何らかの言葉をもじった変わった名前をしている。彼女はホレンテ島へ越してきて帽子屋「ピフ・パフ・ポルトリー」に下宿している高校生だ。容姿は桃色の癖っ毛と二つの◆型髪飾りが特徴だ。。好奇心旺盛で行動力に溢れており、活発な性格をしている。喋り方はやや中性的で、時に見せる堂々とした立ち振る舞いからは凜々しさを感じることもある。

二人目は帽子屋の看板娘尾谷こっこ(おやこっこ)。由来は「親孝行」だと思うが、字面のままではないので少し自信がない。彼女は真面目な性格で、島の観光産業で重要な位置を占める帽子屋で働いているのもあるのか、商魂逞しい一面がある。大人しそうに見えて歯に衣着せぬ物言いが多かったり、タピオカ屋で詠と繰り広げた議論では真剣に無茶苦茶な主張をしたりと、エキセントリックなところも比較的見られる。また、ホレンテ島の秘密を知っている節があり、物語の鍵を握る一人でもある。

 三人目は大通りのレストランで働くボクっ娘亜楽かるて(あらかるて)。由来はフランス語の「アラカルト*1」になっている。茶髪のツインテールが特徴のキャラだ。気さくで好奇心旺盛な性格で、個人的にはあむと似た気質の女の子だと思う。ただ、あむと違うのは聡明で機転が利くところだ*2。作中ではある理由からあむの魔法使い探しに協力するのだが、謎解きに関しても、ある理由によってかるて中心に進んでいく。その洞察力には舌を巻くこともしばしば。

四人目は島では有名な本屋の一人娘である都橋詠(とばしよみ)。由来はおそらく本に因んで「飛ばし読み」になっている。片目隠れの白い長髪が特徴で物静かな雰囲気を醸し出している。実際、性格も物静かで恥ずかしがり屋の気も見られるなど内向的な方だが、一方で立ち読み客には頑とした態度で臨んだり、もっと島の歴史を知ってほしいと思うほど強い郷土愛を抱いていたり、芯の強さも秘めていることが窺える。

五人目は老舗酒屋の孫娘で観光ガイドをしている裳之美ユシャ(ものみゆしゃ)。由来は「物見遊山」だと思われる*3。ふわふわな翡翠色の髪にフリル付きのカチューシャがトレードマークで、五人のなかで一番スタイルがよく、雰囲気はおっとりしたお姉さんといった感じである。しかし、ユシャは作中でダントツに濃いキャラをしている。観光客向けにガイドの仕事をしているときは雰囲気そのままなのだが、普段の一人称は「オラ」で、語尾に「(~する)だよ/だ/べ」を多用するなどバリバリ方言を話す田舎っ子である。そして、素はマイペースな穏やかさと強かさを持ち合わせた逞しい性格をしている。また、ユシャはこっこと似たようにホレンテ島の秘密を知っている節があり、物語の鍵を握っている。

 以上の五人以外には五人の親族が数人登場しているが、こっこの養父である黒猫の獣人、通称先生はとりわけ重要な人物である。大らかで優しい理想の父親的な性格をしているが、一方で島の真相を知っている素振りがあり、そもそも本人に謎が多いので、ある意味この作品のキーパーソンかもしれない。

と、一通り簡易的なキャラ紹介を終えたので、そろそろ作品の魅力へ本格的に迫っていきたい。

 

独特で魅力的な物語の舞台「ホレンテ島」

この作品を語るにあたって真っ先に触れなければいけないのが、物語の舞台「ホレンテ島」についてだ。

ホレンテ島は「かつて存在したといわれる魔法使いの伝説」を観光資源にしている島だ。この島では魔法使いになれる「ごっこ遊び」を売りにしており、前述した先生とこっこがいる帽子屋で帽子と一緒に魔法を掛けてもらってから街で遊ぶのが王道的な楽しみ方である。観光スポットとしてのホレンテ島の姿は、第一話であむの視点から見ることができる。ここで働く人間たちはいわば夢を売っている仕事なのだが、「魔法使いはいるか?」という旨の質問には大抵の人間が口を揃えて「いない」と即答するなど、夢の島なのに現実を突きつけられる微妙な生々しさがある。また、街全体が商魂逞しいのも特徴で、あむに「儲かれば 良かれというの ホレンテ島」と川柳を詠まれている。これらをよく表しているのは、こっこと詠が魔法使いのタピオカ論争を繰り広げる回だろう。こっこの荒唐無稽だがどこか興味を引く仮説は、ホレンテ島がユーモラスな場所であることを示しているように思える。とはいっても奇抜な言い伝えばかりでもなく、街の歴史もなかなかに面白い。単行本おまけの名所案内は必見である。

と、ここまではあくまで微妙な残念さを含め観光地としてのホレンテ島の姿である。本物の魔法使いはいないけれど、楽しい夢を与えてくれる場所というのがホレンテ島だ。しかし、ホレンテ島のすべてが夢の島というわけじゃない。街から一歩外へ出ると、言葉にできない物悲しさに襲われるだろう。

ここがホレンテ島の夢の終わり

夢の魔法と現実の境界線 人呼んで『ざんねん坂』

ここに来れば誰もが自分の住んでる本来の日常の世界を思い出しちまう(ユシャ)

出典:ホレンテ島の魔法使い・一巻p74

この台詞が登場した回は、あむが島の名所や歴史を学ぶ研修としてユシャと街を歩く話なのだが、最後に訪れるのがこの『ざんねん坂』だ。あむとユシャが坂から夕焼けの街を見下ろすコマは、奇妙なインパクトがあった。あまりに不釣り合いな純日本的な光景が広がっているからだ。ガードレールの側には日常的なお店の看板と交通標識が立っていて、反対の路傍には道祖神の石碑がちょこんと鎮座している。

ユシャは先ほどの台詞のあとにこうも発言している。

これがこの島の現実

かつて魔法使いはいたかもしれねぇけど  まぎれもねぇ

ここは 現代社会の中にある ただの小さな島の町だよ(ユシャ)

出典:ホレンテ島の魔法使い・一巻p74

 この「夢だけで終わらず、平凡な現実と隣り合わせの世界観」は紛れもなくホレンテ島の魅力で、作品に深みを与えている。ちなみにホレンテ島は日本の領土である可能性が極めて高い。比較対象として『ごちうさ』を挙げると、ごちうさは欧風をベースに日本的要素も時々見られ、何よりキャラの名前も日本名であるが、現実の地理と照らし合わせて舞台がどこにあるのかは不明である。対して、こちらは日本や諸外国の存在が作中で仄めかされており、例を挙げると「ユシャの話すボンドルゴラ弁は東北弁にルーツがあり、魔法使いがロシアと樺太を経由して島にやってくる過程で東北弁を身につけたという学説もある」、「タピオカ論争でキャッサバの原産地は南米だという言及がある」というものがある。また単行本未収録の範囲ではあるが、「移住者のあむとかるてが実在する日本の鉄道路線*4の名前を会話で出す」という件もあり、諸々を考慮すると、ホレンテ島が日本国内であるのはほぼ間違いない。

さて、ホレンテ島について解説をしてきたわけなのだが、意図的にある話題を飛ばして語ってきた。そう、「魔法」についてまだ触れていない。魔法はこの作品の核心だが、もとよりネタバレを含む感想なので遠慮なく話していこうと思う。

現実の中にある「魔法」と、その謎を追い求める少女たち

実は最初に取り上げた公式のあらすじにも「不思議な能力」と魔法について示す文言があった。前項で何度も繰り返してきたように、表向きのホレンテ島は「魔法なんて存在しないただの風変わりな島」である。しかし、本当はホレンテ島には魔法が存在している。作中では、あむ以外の四人はそれぞれ自分の魔法を持っている。かるては「念動力」、詠は「瞬間移動」、ユシャは「物を破壊する*5」という魔法を持っており、こっこに関しては詳細は一切不明だが一巻の時点で魔法らしき能力を使っている場面があるので、何らかの魔法を使えるのは間違いないだろう。

しかし、結論から言うと一巻の時点で魔法に関する情報はまだあまり出ておらず、語れる部分は多くない。後述する公会堂のミュージカルで魔法を使うかるてたちを見た商工会長の八愚楽が「断片持ち」と彼女たちを指して言ったが、それも現段階では考察材料が足らず憶測を語ることしかできない。

ただ、魔法の正体に関わる『カトリネルエ』という民話が一巻に登場する。なので、その民話について簡単に解説しようと思う。あらすじは次のようになっている。

むかしホレンテ島の高台のとある家に

カトリネルエという女の子が住んでいました

家から出ることのできないその子は

毎日丘の上から島の人達に歌声を届けました

不思議なことに高台から響く歌声は島の隅々にまで届いたそうです

彼女の歌声を聴いた島の人達は病気が治ったり怪我が治ったり

たくさんの幸せを分けてもらったそうです

後に島の人達が彼女を祀り高台に設置したお地蔵様は

『香取観音』として今日も親しまれています

 

『香取観音』 ホレンテ交通バス『観音前』より徒歩三分

出典:ホレンテ島の魔法使い・一巻p77

 その内容は民に奇跡による治癒を施すという宗教的な要素を含んだ王道的なお話である。一巻の終盤に、あむが公会堂の完成記念式典の出し物で、カトリネルエをモチーフにした創作童話のミュージカルをやりたいと皆に提案する場面がある。そこであむは歌と魔法を結びつけて「歌にのせてたくさんの人に魔法の力を届けた」という設定を童話に組み込むのだが、こっこやユシャの反応が芳しくなく、こっこの目配せに先生はこう胸中で語った。

まぁそうだろう 裳之美のジジイは許すまい

思想は面白いが 肝心の 創作の内容が

核心を突き過ぎている(先生)

出典:ホレンテ島の魔法使い・一巻p94

 これは史実でも「特定の人物(例えば魔法使い)が何らかの手段で島民に魔法の力を届けた」ということを意味するのではないかと思う。カトリネルエの話も、魔法にまつわるエピソードを奇跡物語に置き換えて書かれたものという説明ができるし、前述した「断片持ち」というのも「特定の人物の魔法の断片」と捉えれば、この説との関連性も見える。

とはいえ、ホレンテ島の魔法について掘り下げていくにはまだまだ情報が少なく、憶測の域を出ないため、設定そのものへの言及はここまでにしておく。ただ、現時点でも設定の開示の仕方が素晴らしいということははっきり言える。キャラクターの動かし方にも関連しているが、かるてが話の最後で魔法を使えるところを見せたり、詠に魔法を使わせるために策を講じたり、民話や歴史的な文献から魔法の存在を仄めかしたり、魔法の正体を追っていく流れがすごく面白い。個人的にはこの謎解きアドベンチャー的な要素が続きを読ませる役割を果たしていると思う。

作品を鮮やかに彩る、挑戦的なミュージカルパート

ここまで語ってきた設定面以外にも『ホレンテ島の魔法使い』にはもう一つの大きな特徴がある。それは随所にミュージカルパート*6が入ることだ。あむとかるてが友達になった日にアパートで仲良くセッションしたのが最初のミュージカルパートで、以降もたびたびそういったシーンが入ってくる。そして、ミュージカルが入る場面はどこも印象的で「酒屋のプロモーションのために詠に演歌を歌わせる場面」はなかなかユニークだった。

ミュージカル、もっと言えば「歌と音楽」はホレンテ島のサブテーマになっていると思う。「音楽はみんなを笑顔にする」というのはよく言われることだが、それはこの作品でも例外ではなくミュージカルパートからは音楽の無限大なパワーを感じさせられる。聴衆を笑顔にするのもそうだが、歌ってる・演奏している本人たちが楽しんでいるのも画面から伝わってきて、読んでてちょっと愉快な気分になる。

ただ、音楽を扱った漫画には、肝心の音を漫画では表現できないという避けられない宿命がある。たとえば吹奏楽を扱った作品で既存の楽曲を登場させる場合には比較的影響が小さいと思われるが、オリジナル曲は作者と読者でメロディーが共有できず各々が想像するしかないので、賛否が分かれるところだと思う。個人的には好意的にこの作品のミュージカルを受け止めている。というのも、音楽がついていなくともミュージカルパートが作品として成立していると思うからだ。作品の雰囲気が反映された独特な歌詞に、活き活きと動くキャラクター、空気感を伝えやすくするための多彩なトーンの使い方、手書きの台詞が多用されているなど、ミュージカルパートには様々な工夫が凝らされている。まさに挑戦的な試みである。

ちなみに私があむとこっこの残業ミュージカルが非常に好きで、「ゆるふわ☆コンプライアンス」と、「あー残業も悪くないわね~♪」とこっこが言った後に二人が声を揃えて「たまだったらね~!!」と歌を締めるところが特にお気に入りである。後者は間の使い方も巧みだった。もしうろ覚えであれば、ぜひ読み返してみてほしいところだ。

 

まとめ:ホレンテいいとこ一度はおいで

ここまで『ホレンテ島の魔法使い』の魅力を存分に語ってきたつもりだが、作り込まれた設定にしても面白い工夫が凝らされたミュージカルにしても、やっぱりキャラがいいからこそ良い作品へと昇華されるものだ。

この作品の魅力は、公会堂のミュージカルの話にすべて詰まっていると思う。カトリネルエを基にした物語にはユニークな世界観の一端が見えるし、それ以前のミュージカルパートの積み重ねも活きていて、舞台でそれぞれの役を演じるあむたちには可愛らしいだけでなく「絶対にこの舞台をやり遂げる」という勇ましさも感じさせられた。そして、地味ながらこの話で重要な役割を果たしていたのはユシャの祖父である八愚楽だ。島の権力者側としてユシャと二人の部下に舞台をやめさせるように差し向けるが、一方で「絶対に怪我はさせるな」と釘を刺していたり、ユシャがあむたちに加担した際には部下たちにこう言っている。

小火木 戸面 もはやどうにもならん 命令変更だ

舞台を死守しろ (部下:やった~!) 

あの小娘 初めてワシに盾突きおった 支えてやってくれ

出典:ホレンテ島の魔法使い・一巻p113

 上演中の八愚楽や部下の言動は、ホレンテ島の気風というのをよく表していると思う。いろんな思惑が絡みつつも根底はやさしい世界であるとを示したのは重要なことだ。

読んでて心が躍る一方で、温かい気持ちにもさせられる『ホレンテ島の魔法使い』は本当に素晴らしい作品だ。物語はまだまだ始まったばかりで謎も多いので、この世界で次はどんな出来事が繰り広げられるのか楽しみで仕方ない。そんな風に胸を躍らせながら、今回はこの辺りで締めさせていただく。もし偶然この記事を読んでいただけたなら、感謝の限りである。

*1:アラカルテは表記揺れと思われる。

*2:あむも転入試験を楽勝と言い切った辺り、頭は良い方と思われる。

*3:ちなみに裳之美酒店で代々世襲されている「裳之美八愚楽(ものみやぐら)」という名前は読んで字のごとく「物見櫓」が由来だろう。

*4:総武線東西線

*5:能力の詳細は明言されていないので現在は不明

*6:筆者はミュージカルの厳密な定義を知らないため、そもそもこれらはミュージカルではないという意見を持つ方もいるかもしれないが、そこは大目に見ていただいてほしい(最後の演劇はミュージカルだと思うが)。