雑食オタクの雑記帳

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古くて新しい日常系の最先端【ぬるめた1巻 感想】

二つ目の記事を出してから二か月が過ぎたらしい。

最近まで忙しく執筆する時間が取れなかったのだが、久々にきららの話でもしていこうと思う。今回のもの以外にも書きたいネタがいくつかあるが、そっちは時間に余裕ができる二月の下旬くらいからぼちぼち書いていく予定だ。

 

さて今回は先月単行本が出た『ぬるめた』について話していく。作者のこかむも先生が元々ニコニコ静画などで連載していたものを設定だけそのまま持ってきて新たに始まった作品である。

おバカ人造人間のくるみ、そのイカれた保護者のちあき、クール系笑い上戸のさきな、唯一の常識人(?)なしゆきは、くるみを改造したり、くるみを猫かわいがりしたり、意味もなく駄弁ったりと、毎日楽しく高校生活を送っています。新進気鋭の次世代作家こかむもが贈る、「きらら4コマ」の新たなる境地!

出典:ぬるめた│漫画の殿堂・芳文社

作品紹介に新たなる境地とあるが、その通り。この作品、かなり異色である。初めて『ぬるめた』を読んだときに他の連載陣と比べると、その異彩がより際立つのではないかと思う。他の作品と何がそんなに違うのか、私は決定的な要素が三つあると考えている。一つずつ説明していこう。

 

 

ぬるめたの驚異的な点その1 解像度の高いキャラクター性

きららは基本的にキャラが最も重要なので、最初はそこに焦点を当ててみよう。

主なキャラはあらすじの通り、人造人間くるみ、くるみの保護者ちあき、ちあきの幼馴染さきな、三人とは高校で知り合ったしゆきの四人で話が回っていくのだが、四人とも一口に語れないくらい個性が強い。性格の根幹はあらすじにある通りなのだが、回を重ねる度に驚異的な勢いで各々に新しい情報が付加されていく。もちろん他の作品もキャラの掘り下げは行っているし不可欠な要素には変わりないが、『ぬるめた』は性質が些か異なるように思う。

ぬるめたのキャラには妙なリアリティが存在するのである。

 『ジョジョの奇妙な冒険』でお馴染みの荒木飛呂彦先生はキャラを考えるときに履歴書のような形式でプロフィールを作成するのは有名な話だが、『ぬるめた』はそれに通じるところが少なからずある気がする。こかむも先生がどのようにキャラを生み出したり話を考えているかは分からないが、『ぬるめた』の四人はちょっとした言動にバックボーンを感じられる。

私がその観点で印象に残ってるのは、「クラスの自己紹介」と「ちあきがゆきの名前を勘違いしていた件」だ。ホームルーム内の自己紹介は各人各様で、特にちあきの冷めた自己紹介は学校行事を徹底的にサボってきたのは伊達じゃないなと思わされた。対して同じく学校行事サボり常連のさきなは熱くも冷たくもなく淡々とした喋りで世渡り上手そうだなと思った。もう一つのゆきの名前に関しては、掛け合いの温度感がないと伝わりづらい気がするので本編から台詞を引用してみよう。

ち「えっ高田の名前ユキじゃないの⁉」

ゆ「えええええええええ⁉ もう知り合ってだいぶ立ちますけど⁉」

ち「いやほらみんな『ゆき』って呼ぶから」

ゆ「えっあれ? そうですっけ、いや友奈さんとか照井くんとか普通に呼んでますよ‼

ち「誰だよ」

ゆ「クラスメートですよ‼

出典:ぬるめた・一巻p88

 これもギャグの一つではあるが、当然のように名前が出てくる辺りゆきは普通にクラスメートの交流があるのが伺えた*1。ただ、ゆきも初登場の際に一年時のクラスでは友達があまりいないことが仄めかされいたので、無粋だがもし敢えてスクールカーストという基準に当てはめるなら微妙な立ち位置にいると思われる。

あとは事あるごとに追加される一言プロフィールもキャラのリアリティに一役買っている。この作品、珍しいことに本誌に載っている柱のキャラ紹介が六話からはそのまま掲載されている。シュールな一言も多いが、そのキャラらしさというのが感じられる。

さきな アホみたいに料理へたくそ。(九話)

さきな 普段はたまに晩ごはんキュウリで済ませたりする。(十話)

出典:ぬるめた・一巻p71,p79

 これなんか好例だろう。さきなのズボラな一面がこの二言だけで浮き彫りになっていく。特に晩ごはんをキュウリで済ませることがあるという具体的な情報は妙なリアリティを象徴している。こういった手法自体は決して斬新ではないが、その手法の活用の仕方が非常に巧みであるのと日常系との親和性が『ぬるめた』に鮮烈な化学反応を生み出しているのだろう。

 

ぬるめたの驚異的な点その2 緩急ある掛け合いの疾走感

次はキャラの掛け合いに目を向けてみる。近年のきらら作品はストーリーにも力を入れている作品が多い印象だが、『ぬるめた』はくるみの改造ネタを除けば女子高生の気ままな日常だけで成立している。もちろん話の軸に据えられる割合の高い改造ネタは後述する独自性を含めて他作品と明確に差別化された個性を確立しているので切り離すこと自体が野暮かもしれない。が、改造ネタもあくまでギャグを展開するための装置であり、物語の目標設定には寄与しない。近年の傾向が日常を描く傍らで物語の目標を進めていく形式なのに対して、『ぬるめた』は完全に一話完結型*2だ。だからキャラの成長という要素がかなり薄い。Web版を読む限り、その路線の余地はあるので今後どうなっていくかは分からないが、現状は純粋に掛け合いの面白さだけで勝負しているような状況だ。*3

その掛け合いは実際どうなのかというと、とんでもなく面白い。

ぬるめたの掛け合いは他に類を見ないほど面白さが突き抜けている。

同誌にも掛け合いが面白い作品はいくつも存在するが、『ぬるめた』は異質が故に掛け合いの魅力が突き抜けているように見えた。『ぬるめた』の掛け合いがすごい所以を語っていくが、型破りに思える部分も多く創作者にとって容易に真似できないであろうものなのは留意していただきたい。

『ぬるめた』の掛け合いを象徴するキーワードは「自然な会話」「前衛的な表現」「ワイドなコマ割り」そして「緩急が生む疾走感」だと私は思った。順番に触れていく。

その一、自然な会話。『ぬるめた』の会話は内容の突飛さは別として、喋り方に現実の我々が友達と話すときに近いものがある。友達の間でその場のノリでテキトーなことを言ったりやったりする経験があるかもしれないが、『ぬるめた』のキャラにはそれが当然のように備わっている。*4作者が放っておいても勝手に喋り出すのではないかと思えるぐらい、キャラが活き活きと存在している。これが小気味よさを生み出す。

その二、前衛的な表現。中身に対して回りくどい言い方をしたが、これは率直に言えば台詞に「w」を使うことだ。これが個人的に際どいと感じるところで、台詞に記号的なものを用いるのは邪道だという通念はいまもあると思う。しかし、『ぬるめた』の方向性には奇妙にもこれが噛み合っている。ただ、これは私が「w」という表現がよく使われていた時代を見ているから馴染み深さを感じているだけかもしれないので、人によっては合わないことも十分ありうる。それでも、これも『ぬるめた』の特徴で魅力足りえる要素だと思う。

その三、ワイドなコマ割り。最近は見せ場で四コマ形式を敢えて崩してインパクトを強めるやり方をしばしば見るが、『ぬるめた』はほぼ毎回ワイドな四コマになってるページが存在する。この演出のいいところはコマの大きさが二倍になることで情報が多く詰められることだろう。台詞の量はもちろん、四人のリアクションを一気に描けることで掛け合いのテンポにも貢献しており、他にも四コマ同じアングルで時間の経過を表現したり銭湯に行く回では洗い場で四人で横並びになるアングルもワイドなコマだからこそできる表現だったりと、いいこと尽くめである。当然いつもの四コマのテンポも大事なので、この辺りの配分が絶妙に感じた。

そして、この三つの要素によって掛け合いに緩急が生まれ、それが中毒的な疾走感へと繋がるのだ。簡単に分析して理論っぽく説明してみたが、類い稀なセンスが成しえるところも少なからずあると思うので、こかむも先生のすごさを感じる。

 

ぬるめたの驚異的な点その3 独特で絶妙なネタのチョイス

前項では掛け合いのすごさについて、その演出いわば外枠を解説したが、今度はギャグの中核を成す改造ネタについて話していこう。

インパクトが大きく』『無秩序』でかつ『不便』‼ これが私がくるみを改造する際の『主義』であり『思想』だ(ちあき)

出典:ぬるめた・一巻p62 

 作中でちあきが改造に対するスタンスを語っている台詞があったので引用した。ちあきの手でくるみに施される改造はすごいけど役に立たない、あるいは使い道が限定的すぎるものしかない。*5

一巻に登場する改造を列挙してみると、

・コンセントを最大百台同時接続ができる

・クラーケンのようなタコ足に変形する

・増殖する(意識は共有しており複製体が消えると各個体の記憶が集約される)

・くるみちゃんスイッチ(ボタンに対応した仕掛けが発動する)

・五次元前頭葉(開いた頭からあらゆる物質を取り出せる)

重油を飲めるようになる(人造人間だから)

・ちぎった腕が小型お掃除ロボット(?)*6になる

アホ毛が感情のレーダーになっている*7

・空腹時にお腹が鳴る

・直立不動で縦に高速回転する

・腕がマシンガン(射撃不可)になる。さらに約三十種のスキンがある

・うなじから第三の手が生える

・ご飯をたくさん食べられるようになる

くるみちゃんスイッチの機能は五次元前頭葉以外省いたが、だいたいこれだけ改造機能が登場している。重油を飲める機能や腕がマシンガンになる機能など字面だけでも面白そうなものもあれば、空腹の話はシンプルなだけに会話の秀逸さが際立っていた。

これらを見ると、『ぬるめた』のアイデアとその活かし方は一級品だと感じさせられる。この系統の作品はきららだと古株である『キルミーベイベー』やMAXで連載中の『いのち短し善せよ乙女』があり両者ともそれぞれの個性があって面白いが、それらとはまた違う味わいがあって良い。こかむも先生は発想力はさることながらネタの引き出しも多そうなので、今後も無類のセンスを発揮したネタと掛け合いが見られることだろう。

ちなみに引き出しの話をすると、サブカル方面は特に厚そうなのが随所から感じられる。セ〇サターンの名前が登場することやさきなが読んでる小説の傾向、Web版に関しては作者の趣味全開という感じがすごいので、サブカルネタが好きな人は尚更ハマること請け合いである。

 

まとめ ぬるめたはすごい

 ここまで私の考える『ぬるめた』の魅力について語らせてもらったが、そういえば記事のタイトルにはまだ触れていなかった。この作品を日常系の最先端と評した理由は散々書いてきたが、古いと評した理由は何なのかと。

それは『ぬるめた』に「物語の本筋が存在せず純粋な雑談だけで話が進行するオールドスタイル」を感じ取ったからである。ここでの純粋というのは特定のテーマがない作品を指しており、部活や共通の趣味がないことを意味している。例を挙げれば『ゆるキャン△』はキャンプというテーマがあるし、『初恋れ~るとりっぷ』なら鉄道がテーマだ。そういった作品たちと比べると、人造人間という特殊な要素こそあるが『ぬるめた』の内容は雑多であり文字通りの雑談である。きらら外だが『らき☆すた』はまさにその類だ。きららだと、ついこの間、画集も発売した『Aチャンネル』は特殊な設定やテーマのない日常系における王道的作品だろう。おそらくきらら黎明期やそれ以前はそういう作品が多かったと思うのだが、『ぬるめた』はそれに近いものを持ちながら挑戦的で新しい要素をたくさん引っ提げているので、「古くて新しい日常系の最先端」という言葉を使わせてもらった次第だ。

既にアクセルベタ踏みでぶっ飛ばしてる感があるのに、これでまだ一巻というのが末恐ろしい。このスタイルを見るにこかむも先生のアイデアが許す限りはサザエさん時空もできそうだし、ゆくゆくはMAXを支える看板作品になる可能性さえ感じている。あとはWeb版から未登場のあの子が個人的に早く来てほしいところだ。何にせよ将来が非常に楽しみな作品である。

 

*1:クラスの女子を名前呼びする照井くん何者だよ

*2:前後編になる場合もある

*3:可愛さはきららの前提条件なので割愛した

*4:11話の寝不足なちあきとさきなのテンションのおかしさなどが良い例だと思う

*5:人造人間としてのスペックは高いのでテストの成績はよかったりする

*6:設定では『も猫』という謎の生命体

*7:さきなに直しなさいよとは言われているが、一応ちあきが施したものかは明言されてない