雑食オタクの雑記帳

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【映画大好きポンポさん】情熱も知恵も努力も苦悩も、すべてを捧げた先に【ネタバレ感想】

今回は、絶賛公開中の『映画大好きポンポさん』の感想になります。

Youtubeでたまたま見た予告映像がとても鮮烈でガツンと衝撃を受けたので、久しぶりに映画館に足を運びました。予告の時点で「これは絶対すごいだろうなあ」と思ってはいたのですが、想像以上に心にぶっ刺さってボロ泣きしました。パンフレットが売り切れだったことだけが心残りです。後日、買いに行こうと思います。

私の琴線に触れたのが、主人公の新人監督ジー彼の同級生でエリート銀行マンアランでした。この二人は作品のテーマで特に大事な部分を背負っていたと思っています。なので、今回はこの二人にクローズアップした感想になります。「コミカルな演出」とか「ポンポさんがすごく可愛い」とか魅力はたくさんあると思うんですけど、その辺りの感想はちょっと省くので、ご了承ください。

 

※タイトルにある通り、ネタバレを含む内容になるのでご注意ください。

 

 

映画に魅せられた者たちの挑戦

この作品は、「敏腕プロデューサーポンポさんのアシスタントをしてたジーが監督に抜擢されて、新人女優ナタリーと伝説の俳優マーティンが主演の作品を撮る」というのがあらすじとなっています。先に挙げたアランは中盤から違う形で物語に関わるのですが、それは後述。

序盤から物語の主軸となっているのは、主人公のジーンとヒロインのナタリーです。物語が始まったとき、二人はまだ何もない夢見る若者でした。映画の世界に魅せられ、ジーンは映画監督を、ナタリーは女優は目指していました。そんな二人のもとに、ポンポさんからポンとビッグチャンスを与えられ、さらに伝説の俳優が主演として参加するという人生最大の好機。最初こそ戸惑っていましたが、二人はチャンスを託された自分を信じ、すべてを賭けて映画撮影に臨みます。

この作品のキーフレーズは、ずばり「何もない」「すべてを犠牲にする(失う)覚悟」です。これを体現しているのがジーンとナタリーで、最高の映画を撮るために全力を尽くします。アルプスでのロケでは、積極的にアイデアを出すところも見られ、映画を撮る時間を謳歌しているようにも感じられました。

ポンポさんが作中で映画を「夢と狂気の世界」と表現していましたが、二人は夢と狂気を引っ提げていたと思います。ジーンは友達がおらず孤独で映画以外に好きなものがなく、貪るように映画を見てはノートにびっしり感想を書く日々を送り。ナタリーは何もない田舎暮らしで唯一楽しかったのが映画を見ることで、女優になりたいと言ったらクラスでバカにされ、上京してからはバイト漬けの毎日を送り。二人は決して明るくない人生を歩いていました。

そんな人生のなかで、ただ夢だけを抱えて生きていて、その夢以外は何も持ち合わせていない。そこで目の前に転がり込んだ大博打に自分のすべてベットする。

 

これが狂気でなかったら何だと言うのでしょう。こういう生き方は狂気的で、そして最高にカッコいいです。

 

アルプスでの撮影は、広大で美しい風景と映画の内容も相まって爽快でした。マーティン演じる指揮者ダルベールとナタリー演じる大自然で暮らす少女リリィも素晴らしく、ジーンたちが撮ってる『MEISTER』は劇中劇でありながらそれ単体でも作品として出せるぐらいクオリティが高いです。『MEISTER』は単なる劇中劇ではなく作品のテーマにも関わっているので、その出来が作品の評価を大きく左右する以上は当然のクオリティなのでしょうが、それでもすごいことは変わらないと思います。

MEISTER』については、ジーンを評価するにあたって不可欠の存在なので、後で掘り下げていきます。

 

平凡な世界から、夢と狂気の世界へ踏み込んだ男

次はアランについて話していきましょう。

アランは最初に言った通り、ジーンの学生時代の同級生です。根暗で友達のいないジーンとは対照的に、アランは美形で彼女がいて友達にも恵まれていました。それで大手銀行に就職できるほどのエリートなのですが、特にそれを鼻にかけたりしない好青年でした。

こうしてみると何の接点もなさそうな二人ですが、アランはある雨の日にジーンのノートを拾ったことを覚えていました。ジーンはアランたちとすれ違ったときにその一人とぶつかってしまい、大切なノートを水たまりに落としてしまいます。そのことに気づいたアランは少し引き返してそれを拾うのですが、その中身が気になり、ジーンに断ってノートを開きました。そこにはびっしりと映画の感想が詰まっており、アランが軽く引くほどでした。ともかく、アランはノートをジーンに渡し、「下ばかり向いてないで前を向けよ」といった旨のことを感じよく伝えて、その場を去っていきました。

そんな二人が再会したのが、スイスでした。ジーンは前章で話したとおり映画のロケに、アランは銀行の仕事でスイスにやってきており、ジーンたちが街中で撮影しているときに偶然再会します。スイス行きの便の機内ですれ違っていたのですが、そのときは気づきませんでした。

二人は休憩中にカフェで久しぶりに話をします。アランはジーンが映画監督をしていることを聞くと、ジーンに称賛の言葉を送りました。アランは、ジーンがあの日濡れたノートの内容を別のノートにまるごと書き直したことに驚いたりもしながら、あの頃からジーンは「彼なりに確固たる夢に向かって、ずっと前を見て生きていたこと」を知り、尊敬の念を抱きました。

そして夢に向かって頑張っているジーンに、アランは自分が抱え込んでいた思いを吐き出しました。

その思いとは、

何でもそこそこできてしまったが故に平凡な道を歩んできてしまい、自分の生きる意味が分からなくなったこと

生きる意味も分からず、仕事も上手くいかず、務めてる銀行をやめようとしていることを告げました。そして、アランはジーンにエールを送って別れました。

本来ならアランはそのまま退職届を出して銀行をやめているはずでした。しかし、退職の旨を伝える直前、上司の机にあった一枚の書類に目が留まり、つい書類に手を伸ばして内容に目を通します。

その内容とは「ジーンが所属する映画会社の融資申請書」でした。次章で触れますが、無事に映画がクランクアップしたあと、ジーンが追加撮影をしたいと言ったことが原因でスケジュールが遅れ、スポンサーが降りてしまいました。メディアでもそれは報道され、会社の評判も悪くなってしまいます。会社は制作を続けるために融資を申請したものの、それはもう却下される予定でした。

ところが、アランは上司に「その件を任せてもらえませんか」と頼みます。ジーンを助けたい、彼の映画を見たいという思いでアランは覚悟を決めます。振り返っても何もない人生を送ってきた彼が、初めて本気で叶えたいと思った夢でした。

後日、アランは映画会社を訪れ、直接ポンポさんに融資の計画について話をしました。そして、一通り計画について話し終えるとアランは覚悟を問われます。「すべてを失う覚悟」です。アランは自らの思いの丈をぶつけて覚悟を証明すると、ポンポさんにこの言葉とともに歓迎されました。

 

「ようこそ、夢と狂気の世界へ」

 

 気づけば何もない人生を送ってきたアランが、平凡と決別して夢と狂気の世界へ足を踏み入れる。彼もジーンやナタリーのように、夢のためにすべてを賭ける道を選んだのです。

アランは上司にも手を貸してもらいながら入念に準備を行い、銀行の上層部へ融資のプレゼンをします。アランは自ら撮ったスタッフインタビュー動画を流して彼らや自分の思いを熱弁し、さらにはその会議の様子をリアルタイムで配信することで、映画にすべてを懸ける者たちの姿が世界中の人々の心を動かすことができると証明しました。クラウドファンディングでも成果を出していることも示し、持てるすべてを尽くした末にアランは融資を勝ち取りました。ここで初めて彼は平凡な自分と決別できたのではないでしょうか。

余談ですが、私はこのシーンで涙腺が崩壊しました。ここで失敗すれば映画制作も頓挫してバッドエンドだったので、会議の様子をはらはらして見守っていましたが、アランの熱意に完全にやられましたね。個人的には今作一番の名シーンです。また、予告にも出ていた「夢と狂気の世界へ」がアランに向けられた台詞だと分かったときも鳥肌が立ちました。アランはもう一人の主人公だったと思います。

 

 この映画は誰のために?―監督ジーンと指揮者ダルベール―

 ここでもう一度、ジーンの話をしようと思います。

前述の通り、撮影は無事にクランクアップするのですが、ジーンは編集作業に行き詰まってしまいます。観客を映画に夢中にさせられるよう、いろいろなパターンを試してみるのですが、どれもしっくり来ませんでした。それに加えて、相談できそうなポンポさんは次の映画のために海外へ行っていて不在という状況。そんなとき、ジーンは社内で偶然ポンポさんの祖父で名映画監督だったペーターゼンさんの姿を見かけます。ジーンは意を決してペーターゼンさんに編集に行き詰まっていることを相談しました。

そこで問題になったのは「映画は誰のためにあるか」ということでした。ジーンは最初に観客のためだと答えましたが、ペーターゼンさんの口から出た「君の映画に、君はいるかね?」という一言で「この映画を作るのは自分自身のためでもある」と気づかされました。ジーンは最高の映画を作り上げるため、帰国したポンポさんに「追加撮影をさせてほしい」と懇願します。ポンポさんはジーンのわがままに、いつになく厳しい態度で迫ります。解散したチームを再招集して諸々の準備をすることには莫大な金が掛かり、関わった人々に迷惑をかけ、たくさんの犠牲を生むのだと。それでも最高の映画を作りたい、一切妥協をしたくないという一心で土下座をしてまで必死でお願いしました。何がジーンをそこまで突き動かすのか、それには映画の内容も大きく関わっていました。

映画『MEISTER』は、帝王と呼ばれた天才指揮者ダルベールが演奏のことしか考えない横暴な振る舞いで周りに愛想を尽かされて大きな失敗を経験し、ステージマネージャー*1を務める友人コルトマンに勧められてスイスに傷心旅行へ行くというあらすじになっています。旅行先でリリィという少女と出会い、大自然のなかでリリィと過ごすうちに音楽以外にも大切なことがたくさんあることを知り、帰国して指揮者に返り咲くというのが大まかな流れです。

ジーダルベールは同類の人間でした。二人に共通していること、それは互いに一つの大切なもの以外をすべて犠牲にして生きていたことです。ジーンは映画、ダルベールは音楽。ジーンは元から何も持たず、ダルベールは家族でさえも犠牲にして*2ただ大切なものに命を懸けました。そして、ダルベールを理解することができるジーンだからこそ、彼の物語を完成させるためにはシーンが足りないことに気がつきました。それは家族がいた頃のシーンです。それがなければ、音楽のためにすべてを犠牲にし、リリィとの暮らしで学んだ大切なことをすべて音楽へと昇華させた、音楽のためだけに生きたダルベールという男の人生が霞んでしまう。映画監督として、同時にジーン・フィニという一人の人間として信念を譲ることはできませんでした*3ジーンの必死の懇願はポンポさんに聞き届けられ、制作中止の危機に陥りながらもこの映画のために命を懸けてくれたアランのおかげで制作を続けることができました。

追加の撮影を無事に終え、過労でぶっ倒れたりしながらも、ジーンは机にかじりつくように映画の編集に没頭しました。映画の編集もジーンやダルベールと同じでした。ジーンにとって、ひいてはスタッフにとって撮った映像はすべてが宝です。しかし、映画として完成させるためには極限までそれを削り落とさないといけない。編集する様子を横から眺めていたナタリーの悲しそうなリアクションの連続で、ジーンは編集する手を止めそうになります。ジーンにとっても大切なものを削ぎ落とすのは辛いことでした。ナタリーはジーンの手を見てその葛藤を悟り、最高の映画を見るためにジーンの背中を後押ししました。

そして、ジーンは戦いの果てに『MEISTER』を完成させました。私は、ジーンや制作に関わったあらゆる人間のすべてが結晶となって『MEISTER』という作品になった気がしました。涙なしでは見られないです。

 

さいごに ―ジーンとポンポさん―

この記事を締める前に、ジーンとポンポさんついて少し触れようと思います。

ジーンとポンポさんは、ジーンが会社に入る前に映画館で何度もすれ違っていました。ジーンが彼女について覚えていたのは、毎回エンドロールを見終えることなく劇場を出ていってしまうこと。

映画しか好きなものがなかったジーンに、映画を撮ってみたいと思わせたのは過去のポンポさんでした。彼女がエンドロールで余韻に浸ってしまうほどの映画を撮りたい。言ってしまえば、ジーンが映画を一番見てもらいたい相手はポンポさんだったのです。ポンポさんは「90分を超える作品は嫌いだ」という信条*4を明かしており、それが理由で劇中劇のMEISTERも、現実の私たちが見ている『映画大好きポンポさん』も上映時間が90分になっていますジーンが映画賞の授賞式のインタビューで自分の映画で一番好きなところを聞かれ、「上映時間が90分であること」を挙げたのは、マジで上手いなあと思わされました。第三者からは意味不明だけど、知っている人間にだけ伝わる言葉っていいですよね。恋愛要素のない作品ですが、ポンポさんは真のヒロインだったと思います。

『映画大好きポンポさん』は間違いなく名作です。私はこんな命懸けで生きられるような人間ではありませんが、命を懸けられるほどの何かを持っている人ってカッコいいなあと思いました。また、ジーン役の清水尋也さんの演技がすごくよかったです。素朴ながら力強さを感じる声と大事なシーンでの命を絞り出すような演技が、ジーンに噛み合っていましたね。俳優の声優としての演技は、ほぼ専業の声優とは違う魅力があって好きです。

ぶっちゃけると、こうして記事を書いている今も細かいシーンが結構頭から抜け落ちているので、やっぱり最低でも一回はまた見に行きたいところです。映画の感想書くのって難しいですね。でも、他の方の感想を見る前に自分のなかにあった感想を形にできてよかったです。あと、円盤は間違いなく買うと思います。

ここまでお読みいただきありがとうございました。

 

※一部本文を微修正(6/27)

*1:調べた限り、この役職の人物だと思うのですが、間違っていたらすみません

*2:離婚して逃げられたということ

*3:ジーンにそこまで思わせたのは、マーティンの名演あってこそでした

*4:素晴らしい内容でも観客に我慢を強いるような作品は娯楽として失格という考えがあるから